Hammyの音楽教室日記帳

家族でできる音楽療法や、お子さんの音楽教育に役に立ちそうなことをお伝えします。

お題スロットで出ちゃった、もう一度行きたい場所は、「ロサンゼルス」

お題「もう一度行きたい場所」

はてなの「お題スロット」で出ちゃった

「もう一度行きたい場所」

 

それは、何といっても

「ロサンゼルス」です。 

LAには、娘が小学生の時に、

二人で旅行したことがあったのだけど

それから何年もして、通うことになるとは

思ってもみませんでした。

 

音楽関係の会社から進められて

受けたセミナー、それはドラムサークルといい、

それは音楽療法の一つでした。

 

ドラムサークルの本拠地がLAにあることを知って、

すごく、行ってみたくなったのです。

 

2005年当時は、LAから来た、

クリスティーン・スティーブン女史に、師事していました。

が、LAにREMOという本拠地があると知り、

LAで運転手や通訳をしてくれる人を探しました。

その時に、運転や通訳を引き受けてくれたのが、

KIk氏でした。

 

Kikは、運転手と通訳、ドラムサークルの撮影、

そして、LAの案内、ホテルの送迎、

すべてをやってくれました。

 

飛行機会社のオーナーで、

国際貨物、チャーター機、航空機販売、

観光飛行、航空学校、などの会社経営者で、

自らも、30000時間の飛行時間を持つ、

パイロットでありながら、時間を持て余していました。

 

私は一年に3回くらいLAに行き、

毎回10日ほどの間に5;6回、

REMOミュージックセンターに通いました。

19回LAに行ったので、REMOには、50回くらいでしょうか。

 

平日は、ハリウッドのミュージシャンが、

ジェンベやカホンなどのレッスンをしたり、

コンサートが開かれたり、

ドラムサークルも、週に数回あり、

たくさんの人々が集まってきました。

 

それはたくさんの学ぶ機会がありました。

Kikが撮影してくれたビデオだけでも

数百本はあるでしょう。

 

REMORMCというのは、

REMOミュージックセンターのことで

REMOさんという方が、

世界一の打楽器メーカーを作りあげ、

世界中の人が、リズムで一つになる

システムのドラムサークルを編み出し、

世界中の子どもたちや、

障害のある子どもたちに、

奨学金を出したりしていました。

  仲間で助け合い、協力し合い、

 

学びあうDCFAという機関ができて、

会員組織になっていったので、

私はちょっ異質の立場になりました。

 

アメリカでは、そういったものはなく、

どこでもだれでもできたのです。

 

REMOさんをパパと呼び、

かわいがっていただいたおかげで、

ドラムサークルへの揺るがない愛着が生まれ、

世界中に友達ができました。

この御恩は、ドラムサークルでしか

返せないと思っています。

 

REMOさんは、残念なことに、去年なくなりましたが。

その意思は、世界中に受け継がれています。

 

そして、私も世界中のドラムサークル仲間を、

心から応援していきます。

音楽は、世界共通のことばであり、

どこの国の人も、ドラムサークルやってますというと、

すぐ友達になり、大歓迎してくれます。

 

 音楽を携えて、世界の仲間に会いに行きたいものです。